よく頑張ってくれましたパジェロ。ウラジオストック埠頭にある税関に引き渡してきました。次に会えるのは鳥取県境港。ゆっくり休んでください。
今回の旅、英語が通じるかもと出来るだけホテルに宿泊しましたが 駐車場は全て屋外の青空駐車。ロシアには建物内のパーキングなぞ初めから一流ホテルでもないようです。一番気にしていたのは夜半の冷え込みです。バッテリーやオイルヒーターの暖房設備のないこの国、朝のエンジン始動を一番危惧していました。今から思えばバイカル湖を目前にした野宿の夜が一番冷えたように思います、零下40度を下回っていました。それでも何の問題もなく一発エンジン始動。途中で窓ガラスが閉まらないアクシデントに見舞われただけ、本当に良く頑張ってくれ 愛着や思い入れがますます増してきました。
ロシア税関書類申請~車納車~フェリー会社確認の一連の作業は 到着時仲介のエーゼンシーLINKSのスベトラーナちゃん。とても一元のロシア語のできない外国人旅行者では勝手も土地勘もなく無理です。万時にそつなく作業を進めてくれました。税関提出資料だけでもちょっとした数十ページのレポート並み。23歳という、Gちゃんのサインした書類は全て自分のスマホに撮りこんで如何にも完璧な仕事。大助かりでした。。。おまけに美人。吸い込まれそうな青い目、賢そうな面立ち。もっと早く出会ってたらGちゃんの人生変わってたかも。
ちなみに日本へ車を送る必要費用は。ロシア税関事務代金16000円。車の海上輸送費と人間の一等キャビン乗船代を含めて700ドル。締めて8~9万円程度の勘定になります。安いか高いかは人それぞれですがGちゃんは安いと思います。仲介料も全て込みで車、人、ロシア往復合計20万円弱という感じでしょうか。バイクなら半分くらいで済むと思います。→バイクも同じ程度の費用が掛かるようです。
埠頭でスベトラーナちゃんと別れて。あとはもう足もなし。あっちこっち一人で散策してきました。雨が降ったらあくる日は寒くなる、日本の冬と一緒、真っ青な青空、外気は20度を下回っていたでしょうか、凍てつく寒さ。簡単にカメラのバッテリーは低下してくれる。それとGちゃんの疲れ。考えてみれば歩いたこともない毎日運転。運動不足なのでしょうか、物凄い息切れ。サングラスも置いてきたのでホテルに帰ったら完全な雪目 涙ぽろぽろ止まりません。何とか製薬の吉田くんの呉れた目薬。一度車のダッシュボードに置き忘れたら明くる日 目薬は見事なピンク色した氷になってた、また溶かして使ってるけど あれってマイナス30や40度でも変質しないね。アンタいい薬作ってる、ごくろうはん。
ずっとGちゃんの足だった車が無くなって 感覚の大混乱。便利な大都会の真ん中に居ながら未開の無人島に居る感じ、生活のリズムが変われば勝手も全く違う。歩くのさえままならず。。信号の変わりそうな横断歩道を急いで見事にスッテンころり。どこにでも見る哀れな年老いた老人、皆の同情の目が恥ずしいやら情けないやら。
在って当たり前の足が無くなる、いやはやその時の対応。在るうちにみなさんも心行くまで世話になった奥さんに孝行しときなはれや。無くなったら泣かんならん。。。なぬ?その言葉、Gちゃんにだけは言われたくない?!
2013年2月4日月曜日
2013年2月3日日曜日
帰国準備
あまりに可愛そうなのでパジェロを洗車してやりました。高圧噴射のお湯、タイヤ周りとボデー下から座布団みたいな真っ黒の氷の塊りがドスンドスンと。長い間お風呂で洗ってないGちゃんも家へ帰って洗ったらこんな調子かな。
屋外は氷点下なのでここシベリアは修理工場も洗車も何もかもドームみたいな屋内で。暖かい建物の中で シャンプーしてワックスまで掛けてハイ700円。安すぅ~!おかげでピカピカになりました、これで帰っても乞食には間違えられません。明日の昼に税関に持ち込みます。
時間があったのでショッピングモールに土産物になりそうなものを見てきました。行く前に楽天ショッピングでキャビアの値段を調べたら50グラム入りビン詰めが一個15~20000円。よくまぁこんなものを土産に買ってこいとしゃ~しゃ~と抜かしやがったものだ、ガキ友たちの厚かましさに今更ながらムカムカ。。。人の良さそうな老齢のオバサンに強引に試食させろと頼んだら。なんじゃこれは黒い色したイクラじゃねいか。ちょっと生臭くて塩っぽいだけで 目をつぶって喰ったらこれはイクラそのもの。一ビン50グラム8000円。吉兆かヒルトンじゃあるまいに この味この価格は成金のこけおどし。そりゃフォアグラの方が遥かに美味い。現地ロシア人もこの黒キャビアは食べたことがない、そりゃ当たり前だろう。それが正常な感覚。。。年に一回か二回、クリスマスや誕生日パーテーで食べるキャビアは同じチョウザメでも種類の違う赤キャビア。これは色形はイクラそっくり。これも強引に試食。ふん、けっきょく黒も赤も全く同じ味じゃんけ。こちらは一ビン1500円。これさえもマッタケを買うくらいの感覚かな、特別の時以外は買ったことないという。悪いけど買うの止めました。ロシアに行ってロシア人が食べたことのない土産を買って。それもイクラと同じ味。買って得意そうにプレゼントした人の、へへへ、人格が疑われます。
うろうろGちゃんなりにショッピング街。結論。買うモノ何もなし。マトリョーシカ?出しても出しても中から出て来るバカみたいな人形てかコケシというか。孫のほのちゃんでもバカにされる。どうしても欲しい人 今なら間に合う、大至急連絡乞う。ただし全部メイドインチャイナ。一番迷ったのがスモークフィッシュ。あの寒いバイカル湖湖畔の道路上で貧しそうな漁師の屋台で売ってた燻製。一匹50円だったか100円だったか 余りの美味さに仰天 ガツガツと二匹も平らげた絶品。さすがに大都会のモールだから値段はそうはいかないけれど それでも手頃。迷いに迷ったんだよなこの半加工品。腐るとか言う意味じゃなく税関輸入規制対象品。米国なら絶対に持ち込み禁止。見つかったらまた 年寄りをいじめる気か!って訳もなくがなり立てれば済むんだろうけどね。ね、できないよね 良い年の爺さんがね。。。結局何も買わずの時間浪費。いいけどね 暇だから。。。。旅行しても土産物なんて気にも買ったこともないGちゃん。だれか良い知恵あったら大至急教えて!!
せっかくだから最後に 夕陽に真っ赤に染まるウラジオストックの街や近郊を勝手気ままにドライブ 回ってきました。何とかで世界一だという湾に掛かる出来立ての立派な橋も車ガラガラ、米国並みの三車線高速道路も市内10キロ範囲だけ、終わったと思ったら急に砂利道の日本にもない凸凹道。何やねんこれは。昨年8月だったかのAPEC世界首脳会議に合わせて突貫工事したプーチンの見栄っ張り厚化粧工事って言われても これってそうとしか言えないよな。いやぁこれは何としてもモスクワは見てみたい。ナイフで削り落とすほどの厚化粧なのかなぁ。。。
街に溢れるレグサスやランクル、価格は日本で売ってる3倍くらい高いらしい。でもGちゃんの見た大多数のロシア、助け合って慎ましやかに日々を生きてる昔の古き良き時代の日本と一緒、地味で質素堅実。。。。田舎を回れば絶えず見かける野良犬。ドロドロの毛をまとって 食い物欲しさに物乞いしてる眼の哀れなこと。そう言えば昔は日本でも野良犬はどこにでも見かけたよな。。。野良犬だけじゃない。ガソリンが無くなって ワラをもすがる思いで入った田舎の一般民家の住民とその生活。。。
いえいえ、今日の同じ夕方たまたまね、郊外の瀟洒で豪華な高級住宅街を走ってたらね、かわいいテリアを散歩させてる母娘を見かけて。絵になりそうだから写真を撮らさせてもらったんですがね。実に良い顔してる。苦労もなにも知らずに。ホンモノの富裕層は顔を見れば一目で分かる。微笑んでもらったり笑ってくれたり 良いのを数枚カットさせてもらえましたがね。。
Gちゃんの持ってきたグリコポッキーを奪い合うように喰い争ってたあの見てきた田舎のドロドロの哀れな野良犬のイメージがダブってしまってね。実に複雑な心境でファインダーを覗いていました。
野良犬とテリアの差だけじゃない、人もみんな一緒。。。う~ん、ホントはどちらが幸せなんだろう。
むつかしいね。生きる意味って。。。。はい。これで来る時フェリーの免税店で買った1㍑ジャックダニエル完飲。酔ってこういうことを言い始めると人間てそう先は長くない。みなさんもお達者で。
屋外は氷点下なのでここシベリアは修理工場も洗車も何もかもドームみたいな屋内で。暖かい建物の中で シャンプーしてワックスまで掛けてハイ700円。安すぅ~!おかげでピカピカになりました、これで帰っても乞食には間違えられません。明日の昼に税関に持ち込みます。
時間があったのでショッピングモールに土産物になりそうなものを見てきました。行く前に楽天ショッピングでキャビアの値段を調べたら50グラム入りビン詰めが一個15~20000円。よくまぁこんなものを土産に買ってこいとしゃ~しゃ~と抜かしやがったものだ、ガキ友たちの厚かましさに今更ながらムカムカ。。。人の良さそうな老齢のオバサンに強引に試食させろと頼んだら。なんじゃこれは黒い色したイクラじゃねいか。ちょっと生臭くて塩っぽいだけで 目をつぶって喰ったらこれはイクラそのもの。一ビン50グラム8000円。吉兆かヒルトンじゃあるまいに この味この価格は成金のこけおどし。そりゃフォアグラの方が遥かに美味い。現地ロシア人もこの黒キャビアは食べたことがない、そりゃ当たり前だろう。それが正常な感覚。。。年に一回か二回、クリスマスや誕生日パーテーで食べるキャビアは同じチョウザメでも種類の違う赤キャビア。これは色形はイクラそっくり。これも強引に試食。ふん、けっきょく黒も赤も全く同じ味じゃんけ。こちらは一ビン1500円。これさえもマッタケを買うくらいの感覚かな、特別の時以外は買ったことないという。悪いけど買うの止めました。ロシアに行ってロシア人が食べたことのない土産を買って。それもイクラと同じ味。買って得意そうにプレゼントした人の、へへへ、人格が疑われます。
うろうろGちゃんなりにショッピング街。結論。買うモノ何もなし。マトリョーシカ?出しても出しても中から出て来るバカみたいな人形てかコケシというか。孫のほのちゃんでもバカにされる。どうしても欲しい人 今なら間に合う、大至急連絡乞う。ただし全部メイドインチャイナ。一番迷ったのがスモークフィッシュ。あの寒いバイカル湖湖畔の道路上で貧しそうな漁師の屋台で売ってた燻製。一匹50円だったか100円だったか 余りの美味さに仰天 ガツガツと二匹も平らげた絶品。さすがに大都会のモールだから値段はそうはいかないけれど それでも手頃。迷いに迷ったんだよなこの半加工品。腐るとか言う意味じゃなく税関輸入規制対象品。米国なら絶対に持ち込み禁止。見つかったらまた 年寄りをいじめる気か!って訳もなくがなり立てれば済むんだろうけどね。ね、できないよね 良い年の爺さんがね。。。結局何も買わずの時間浪費。いいけどね 暇だから。。。。旅行しても土産物なんて気にも買ったこともないGちゃん。だれか良い知恵あったら大至急教えて!!
せっかくだから最後に 夕陽に真っ赤に染まるウラジオストックの街や近郊を勝手気ままにドライブ 回ってきました。何とかで世界一だという湾に掛かる出来立ての立派な橋も車ガラガラ、米国並みの三車線高速道路も市内10キロ範囲だけ、終わったと思ったら急に砂利道の日本にもない凸凹道。何やねんこれは。昨年8月だったかのAPEC世界首脳会議に合わせて突貫工事したプーチンの見栄っ張り厚化粧工事って言われても これってそうとしか言えないよな。いやぁこれは何としてもモスクワは見てみたい。ナイフで削り落とすほどの厚化粧なのかなぁ。。。
街に溢れるレグサスやランクル、価格は日本で売ってる3倍くらい高いらしい。でもGちゃんの見た大多数のロシア、助け合って慎ましやかに日々を生きてる昔の古き良き時代の日本と一緒、地味で質素堅実。。。。田舎を回れば絶えず見かける野良犬。ドロドロの毛をまとって 食い物欲しさに物乞いしてる眼の哀れなこと。そう言えば昔は日本でも野良犬はどこにでも見かけたよな。。。野良犬だけじゃない。ガソリンが無くなって ワラをもすがる思いで入った田舎の一般民家の住民とその生活。。。
いえいえ、今日の同じ夕方たまたまね、郊外の瀟洒で豪華な高級住宅街を走ってたらね、かわいいテリアを散歩させてる母娘を見かけて。絵になりそうだから写真を撮らさせてもらったんですがね。実に良い顔してる。苦労もなにも知らずに。ホンモノの富裕層は顔を見れば一目で分かる。微笑んでもらったり笑ってくれたり 良いのを数枚カットさせてもらえましたがね。。
Gちゃんの持ってきたグリコポッキーを奪い合うように喰い争ってたあの見てきた田舎のドロドロの哀れな野良犬のイメージがダブってしまってね。実に複雑な心境でファインダーを覗いていました。
野良犬とテリアの差だけじゃない、人もみんな一緒。。。う~ん、ホントはどちらが幸せなんだろう。
むつかしいね。生きる意味って。。。。はい。これで来る時フェリーの免税店で買った1㍑ジャックダニエル完飲。酔ってこういうことを言い始めると人間てそう先は長くない。みなさんもお達者で。
2013年2月2日土曜日
旅の終わり ウラジオストック
面倒臭いし すっかりロシアの悪路にも慣れちゃったので ハバロフスクからウラジオストックまで800キロ、12時間。ウラジオストックに到着しました。あとは目と鼻の先の税関までパジェロを持って行くだけ。もうこれで運転しなくて済んだ。正直な実感です。3つくらい命拾いをした勘定になる、思い返しても背筋が寒くなります。ホテルの玄関前に停めたパジェロ。ドロドロ、こんなパジェロを見たのは初めて。可愛そうにごめんね。Gちゃんも頑張ったけれどこのボロ車、頑張ってくれたこそのバイカルまでの旅。帰ったらキレイに洗って再整備してやろうと思います。ちょうどロシアだけで8800キロ走ってくれました。
さすがに厳冬期のシベリアドライブはきつかった。予想以上、と言うか想像を絶するドライブでした。氷結、凍結、積雪した道路や低温は世界どこも一緒。日本や米国と大きく違うのは道路状況、インフラの決定的な遅れと運転マナーの悪さ。純朴で親切なロシア人しか見たことなかったのに運転させたら素養はゼロ。文句を言ってても始まらない、その流れに乗らないと走りきれない、、大阪の泉ナンバーの運転、と言っても分かる人は少ないだろうけど、要するに一般人なら呆れかえる運転をしないと乗り切れない厳しいレース。、、泉南の方 ごめんなさい。当然ながらあっちでもこっちでもスピン、追突。道路下への墜落。今日だけでも6,7台。いつも乗用車でした。凍結には慣れているはずなのにね。。Gちゃん、気の毒だけど絶対に助けません、そういう運転する人は覚悟の上でしょ、自己責任でペナルテー払ってください。
交通量が多いので道路上の雪や氷はどんどん変化して行く、もちろん陽当たり 日陰、登り下りの道路上の変化。刻々変わる道路状況を読みながらの運転技術と経験が求められます。まして速度80キロを超えると死んでもブレーキは踏んではダメ。うん、これでGちゃん 帰ったらクロネコヤマトか佐川急便の長距離トラックドライバーに就職できます。ま、だれも冬のシベリアなんて走りたいとは思わないだろうけど、神経のズタズタに磨り切れるバイカルへの旅でした。
2013年2月1日金曜日
ゆっくりハバロフスク
日本へのフェリー便が出るウラジオストックまであと1000キロ弱。ゆっくり二日間の行程、いよいよGちゃんの大冒険の旅も終わりに近付いてきました。ハバロフスクのホテルでゆっくり休養。ともいかず、部屋での無線ランがうまくいかず ロビーでパソコンを使いながらフェリーの予約やパジェロ税関手配や、、、白い目で見られながら 仕方ない、IP電話で大声で怒鳴りながら。
ロシア語のスパシーバありがとうしか知らないGちゃんにしてはバイカル湖まで良く走ったと思います。一番の功労はパジェロ。出発してから走行7000キロを超えましたがエンジン音は快適そのもの、まだまだGちゃんと一緒に世界を目指してくれると思います。
二番目の功労はやはりナビ。過去の北極海や北米への旅はランドマックナリー社の地図帳一冊だけ。ほとんど何も困らなかった。ロシア文字表示の道路標識、ナビなくしては絶対に在りえなかった今回のロシアの旅。昔に地図帳一冊だけでロシアを走った人がいると思う、凄いことだとつくずく尊敬します。大変だったと思います。。次のGちゃんの課題は決まっています。ロシア語の勉強とパジェロをヨーロッパから日本にどう送り返すか、その情報入手。そうそう、それに Gちゃんの冒険に呆れはててる家族の稟議書決済。ここまで来たらGちゃんもこれで止めるわけにはいきません。みなさん応援してくださいね。
バイカルからの帰路、どこかで何かのニュースでも流れたのだろうか、ガソリンスタンドやメシ屋、パジェロを停める毎に人々が集まってきてGちゃんやパジェロの写真を撮る。中にはプレゼントをくれる若いお嬢さんとか。まるで有名人みたい。写真だけじゃない、ムービーまで撮って。。戸惑いますよねこういうのって。。。ネット社会、どこでどう流れるか知れないユーチューブなんて、って思ったけれどね、ま いいか何をいまさら。先も知れてる。。。むかし仕事の出張で広島に行ったついで、優勝争い真っ最中の阪神/広島戦を見に行って。あくる日知らん顔して出社したら。仕事ご苦労さんやったな、えらい力入れて頑張ってたね。メガホン振り回してがなり立ててる映像がテレビに再三放映されてたらしい。。分からんようにサボりや!阪神の優勝を一緒に喜んでくれた上司、いまどうしてはるかな。あのころの日本は全てに余裕があったいい時代でした。
ロシア人の純朴さ、親切さは先に触れました。気が付いたのは生活の経済的格差。見た限り一般の人々は決して裕福じゃないと思います。むしろ貧しい。車など日本の○○商店、××工務店看板付きは常。東ドイツのあの何とかいう化石のような乗用車が走ってる。さんざん使い古したはずの中国の漢字の看板付き中古トラックまで。我が目を疑った、あきれはてた。Gちゃんのパジェロが20万キロを超えたなんて自慢どころかシャレにもならない。そして方やレグサスやクラウン、並みいる世界の高級車。今回の旅ではいわゆる富裕層との知り合える機会はありませんでしたが この国の格差は中国並みかも。とてつもなくその差は大きい。そう感じます。物質的に豊かなのは大都市だけ。地方では貧しい者同士がお互いに助け合って必死に生きている、そんな地域格差も見て取れました。零下何十度という夕方の自動車道、乗せてくれとヒッチハイクしてる貧しいお婆さん、振り向きもせず走り去ってごめんね。停めて乗せてあげる気持ちの余裕もなかったGちゃん。苦労の年輪を重ねたあの顔や表情はきっといつまでも覚えてるでしょう。
治安は予想以上にいい。ハンドルロックと言って車のハンドルに鉄のバーを差して一晩駐車しておく盗難防止器具。北米中米では屋外駐車で常識。今回使ったのは初日だけ、むき出しのルーフに積んだガソリンやタイヤその他、一切盗難なし。聞いてた警察の検問も大したことなし。日本の常識程度の検問。むしろ好意的。。ははは、一度スピード違反でとっ捕まっちゃった。60のところ98出してるって、証拠の写真を示してね。奥まった別室で三人がかりで若い巡査。なにいうてまんねん こんなロシア語も読めん年寄りをいじめて。はちゃめちゃの河内弁。取り調べ完全にお手上げ、最後は勤務中だというのにタバコ吸いながらGちゃんとパジェロをバックに記念撮影。ロシア語を喋れんワシも悪いけど 悔しかったらアンタらもカタコトの英語くらいしゃべれ!スピード違反無罪放免。はいスパシーバ!
英語。ほとんど壊滅的。通じない。不思議なのはその態度。人間はロシア語をしゃべる動物。英語しか知らないアメリカ人の発想と一緒。大国のエゴ。東洋の思想や考え方と大違い。日本を含め東洋の国々では 外国人から英語でしゃべりかけられたら、、避けるけど、つかまったら、、必死で無い脳みそひっくり返してあらん限りの英語で応えようとする。外国人相手にベラベラ日本語でしゃべってる人って見たことないよな。。。ガッカリは若い世代。高等教育を受けていると聞いてきたがほとんど全滅。大都市でもね。テレも恥じらいもなくロシア語を延々としゃべってる相手に出くわすと こいつバカじゃねえのって思います。ま ロシア語のできないGちゃんが一番わるいんですがね。
厳密には今回のGちゃんのようなロシア自由旅行は禁止。今回も商用ビザというのを取って仕事で訪露していることになってる。(Gちゃん本人自身も自分は何の仕事で訪露してるのか知りませんがね)。現在の観光旅行は全て旅行社主催の短期パック旅行のみ。ガイドさんの旗の下で定められた都市間を移動して決められたホテルに泊まってくださいということ。。。良いとか悪いとかじゃない、世界の共通語は英語、受け入れ態勢にそれが無いと観光客も大々的には受け入れられない。それがこの国の現実と限界、そんな気がします。フランス語しかしゃべれないモントリオールと一緒、全く英語に馴染みの無い国でオリンピックを開いて 長い時間を掛けながらひとつひとつ門戸は広がっていくのでしょうか。ロシア大阪領事館、ロシア語しかしゃべれなかった領事館員、ビザを取る時にあきれ果てたけど 今になって分かります、あれが当たり前だったのですロシアという国では。なんで英語や日本語をしゃべらないけませんのや?ワテは大ロシア帝国民でっせ!そかそか 大したもんや。
ゆっくり風呂につかって下着も着替えてさっぱり。無精ひげも剃っていよいよ明日からラストラン。行程からどう見ても前に泊まった幽霊の出るホテル辺りが宿泊地。なつかしいなぁ、寒くって寝袋で寝たよな。ギギギ~勝手に開く部屋の木の扉、また聞きに行くか。。。今夜は部屋にある電気ポットに 持ってきたカレーライスと焼きそばのパックを突っ込んで。ホテルの日本レストランより遥かに美味しい日本食でした。おやすみなさい。
2013年1月31日木曜日
ハバロフスク・ハバロフスク
ウランウデを出発して4日間音信不通で心配かけ申し訳ありませんでした。USBモデムのおかげで毎日こちらからはメールやネットはなんとか閲覧できましたが 遠い遠いシベリア僻地のこととて電波も弱く どうしても発信ができませんでした、ごめんなさい。
あれから丸4日、ウランウデからハバロフスクへの道。中国の国って入道雲みたいに北に張り出しているんですね。その入道雲をぐるりと一周しないとウラジオストックに辿り着けない。
行きは良い良い、よくもまあこの道を走ってきたもんだ、距離や辛さを知っているだけに帰りの道の長いこと!ロシアって片道ならまだしも往復って絶対にできないね、つくずくそう思いました。まして帰りは連日雪、ハバロフスクへの道は壮絶な戦いの道でした。この4日間走行2968㌔、本日は817㌔11時間の運転。やっとハバロフスクに着きました。なんとかかろうじて生きています。
Gちゃんの過去最高記録は米国モンタナ州ツインフォールズという町からシアトル経由カナダバンクーバーまで1250㌔14時間の走行。自慢したいんじゃありません。国境での入出国手続きも含めて14時間。シベリアと同じような厳冬期の吹雪の中を走りながら米国とロシアでこれだけの差が出てくる、同じボロパジェロで走ったというのに。。。幹線道路にしてはお粗末すぎる道路状況、道路標識、トラフィック、交通インフラ、、どれほど冬のロシア走行が厳しく過酷か分かってもらえるでしょうか。。分からないか。分かる必要もないか。そりゃそうだわな。
降雪中や積雪中の道路では遅い車を追い抜けないのです。長距離大型トラックの巻き上げる雪煙は後方300メートルになれば視界5m。真後ろは完全に視界ゼロ。前方とは4~500㍍の車間距離をとらないと安全運転できない。トロトロと延々と走る遅い車。光々と光るGちゃんのヘッドライトはバックミラーにも見えているはずなのにこの国では後方車に道を譲るルールはないらしい、ノロノロと我が道を走って1時間も2時間も、何が悪い?!てな感じ。
意を決して追い抜くには 狭い対向車線に飛び出て追い抜くしか方法はなし。。車間を詰めて行けば前方がカーブなのか直線なのかさえ見えなくなる完全なホワイトアウト。運を天に任せた追い抜き、向うから車が来ればそれで終わり。。雪煙の中に突然現れた対向車の運転手の恐怖に引きつる顔。あの表情は一生忘れることはないと思います。運を天に任せたGちゃん生まれて初めての死との直面でした。
冬のシベリア走行についてはマニアにはいくらでも詳しく報告させてもらいますが、まずは普通の人は目指さない方が良いでしょう。壮絶としか言いようのない帰路3000キロの戦いでした。ああしんどいどころの騒ぎじゃなかった。着いたハバロフスクのホテルの日本レストラン、よくぞ生きて帰って来られたことか、飲む熱燗の染み渡ること。人生観の変わるほどのものでした。
人それぞれ、生き方も違うし考え方も違う色んな人生。そして自分はどう生きるのか。身体が勝手に動いて誰かにハンドルを切ってもらっているような毎日、無事帰国すれば亡き父や母の墓前に挨拶に行こうと思います。こうして生かされていることへの喜びと感謝。なにをしたいのか、どう生を全うしたいのか、いつかは同じ墓に入る息子としてこれからも自分自身の生を見詰めたいと思います。
いやだね、年寄は。飲めばホラ吹くかキザになるだけ。でもね。多くの人の応援や励ましに感謝すると同時に、その原点、親不孝ばかりだった両親への思いは尽きないものがありました。愚息に呆れ返ってるかなぁ~。。。この歳になって誰もそんな話はしないけど、帰ったら仲間や友達ともまたそんな話をしてみたいなぁ。
2013年1月27日日曜日
再びウランウデ
撤退、挫折感、これで良いんだという自分自身への弁護や弁明、くやしさ、、結論の無いいろんな感情のまぜこぜの退却第一日のドライブでした。虚脱感は大きく たいがいは陽気で明るいGちゃんですがかなり沈み込んでいました。
大きなロシアに相手にもしてもらえず跳ね飛ばされてしまった自分。。。悔しさは必ずいつの日かは倍返し、逆境からいつもそんな生き方をして乗り越えてきたGちゃんですが。
今のGちゃんにはそれを言う資格さえないように思えてくるのです。悔しい自分自身に苦しんだ一日でした。涙があふれて止まりません。
夕食後 孫のほのちゃんとSKYPEをしました。よかったね爺ちゃん、ほのちゃんの弟の生まれるのに間に合うね。。。Gちゃんには二人目の孫、初めての男の子。2月中旬の予定。そうだ、そうだ、これで良かったんだ、孫の誕生に間に合うんだ。そんな幸せってないじゃないか。
大きなロシアに相手にもしてもらえず跳ね飛ばされてしまった自分。。。悔しさは必ずいつの日かは倍返し、逆境からいつもそんな生き方をして乗り越えてきたGちゃんですが。
今のGちゃんにはそれを言う資格さえないように思えてくるのです。悔しい自分自身に苦しんだ一日でした。涙があふれて止まりません。
夕食後 孫のほのちゃんとSKYPEをしました。よかったね爺ちゃん、ほのちゃんの弟の生まれるのに間に合うね。。。Gちゃんには二人目の孫、初めての男の子。2月中旬の予定。そうだ、そうだ、これで良かったんだ、孫の誕生に間に合うんだ。そんな幸せってないじゃないか。
2013年1月26日土曜日
リストビヤンカ
バイカル湖岸の休養地リストバヤンカ。そういえば今日は土曜日でした。家族ずれがいっぱい。凍った湖の上で実に楽しそう。
すっかり休養したGちゃん、久しぶりに美しい景色に興奮、はいはい、撮りまくりました。もうこれで秋の作品展は決まり。マイナス15度で大変暖かい日でしたが撮影に夢中になっているとさすがにシャッターを押せないほど凍えてしまいます。
夕方ホテルに帰ってきたら休日だからか結婚式をホテルでやっていました。新郎は「てめえ、もっと腹に力を入れやんか!」と言いたくなるほどの菜よなよした男。新婦は何でもテキパキ、才女風。よくあるよなぁこの組み合わせ、恐妻人生その1というパターン。どういう風の吹き回しか披露宴の写真係にGちゃん。入って来いと言う。まかしてんか!一生の記念に残るのを撮ればいいんでしょ!物怖じなんてハナから持ち合わせてないGちゃん、一族がそろって歓びあう新しい門出の幸せを十分楽しまさせてもらいました。長い長い人生、力を合わせ幸せな家庭を築くよう心から願いました。
まだまだ続く披露宴を丁重にお礼を言って部屋にすっかり遅く。明日の出発の準備を始めました。ここイルクーツクを最終地点にウラジオストックに戻ることに決めました。モスクワは目指しません。
3日間十分に休養、同時に素晴らしいロシア、特に普通の人々の暖かい心や親切さ、まじめさ、誠実さに慰められるここ数日でした。おどろくほど素晴らしい人々を垣間見ました。ロシアは奥が深い。長距離トラックドライバーではなく 一つの町に滞在し人々と触れ合えたことが 今まで漠然と感じていた旅の進め方への大きな契機になりました。
モスクワへの道を進めるかどうかはGちゃんなりに十分に考えたつもりです。応援してくれている仲間や友達を思えばここで旅を止めることは断腸の思いがしますし、今のパジェロの状況からすれば可能と判断されます。じゅぶんにロンドンまで走ってくれると思います。赤の広場で校旗を振ってくれよな!という友の冗談もGちゃんには本心でした。
引き返す一番大きな理由は人との触れ合いです。過去に何回も旅行は重ねてきました。恐らく普通の人よりは遥かに、いわゆる海外旅行は経験していると思います。そしてそこで得たものは何か。
南米アンデスの最高峰アコンカグアを登ったことなんて全く覚えていません、覚えているのはラバに登山道具を積んでベースキャンプまで一緒に苦労して登った貧しいポーター達との焚火を囲んだ夜の語らい。染まるような満天の星の下でマテ茶を飲みながら過ごした夜。海外への山はみんなそんな思い出ばかりです。中南米、ヨーロッパそしてアメリカ。いま確信して言えることは、時が経って記憶に残るのは 行ったという結果じゃなく 名も無い人との語らいや触れ合いや思い出のように思います。人との触れ合い、そして自分との対話。貴重なカネと時間をかけてこれを得るために知らない土地を人は旅するんじゃないか。誰の為に生きているのではなく自分自身が納得できる生き方をしてみたい、幸せを願って人々が必死に生きている そんなものを見たい 探したい、それこそがいついつまでも自分の財産として励みとして残っているように思えるのです。
ロシアの片りんにちょっと触れました。そしていちばん感じたことは ロシア語の読み、会話のできない人間にはもったいなすぎるほどこの国は素晴らしすぎるということが見えてきたことです。モスクワへの旅を続けてもそれはそれなりに収穫はあると思います、しかしいったん退却し最低限度の会話のできる自分になって再挑戦する方が当初からの夢を達成できる一番の近道のように思えてきたからです。体制を立て直し出直す方が遥かに大きなチャンスが残されている。これがこれまでもやってきた自分のやり方、そう考えたからです。
万事 変わり者で変人だったGちゃんですが ウラジオツトックへ引き返しいったん帰国させていただきます。ほんとうに皆さんの応援をありがとうございました。期待や夢を裏切って申し訳ありませんでした。ロシア語のおはようも言えない自分が情けなすぎます。今までの経験で何とかなるだろうと思っていた自分に哀れささえ感じます。帰ればGちゃん、歳との競争が待っていますが、必ず必ずまたこの地に戻って来る、そう念じてやみません。ロシア語のできない自分が悔しくてなりません。そんなヤツは出直して来い、この大きなロシアに怒鳴られ叩きのめされた思いがします。悔しいけど出直します。
ごめんなさい、へべれけ。書いてるさいちゅう家族が呼びに来た。カメラはやめて飲みに来い。Gちゃん 酒は弱い、でも美味しい酒なら大好き。言葉はわからんけどヤツラ本当に純朴で誠実。両家の両親の芯からうれしそうな噛みしめる安堵、歓びの表情がたまらなく印象的でした。みんなみんなこういうひと時を味わって幸福に浸るんだね。長い人生、みんなみんな夢を追い求めて生きていくんだね。
乱文おもいつくままGちゃん、読み苦しかったと思います。ここまで読んでくれてありがとうございました。
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