2014年2月14日金曜日
ゆっくりウランウデ
昨夜、孫のホノちゃんとSKYPEしました。「じいちゃん どうしたの!アタマがボサボサで お顔もゲッソリやせてガリガリ!ごはん食べてるの?! 」。いやはや、孫の端的な指摘、ショックでした。鏡に映る自分の顔、20歳は老けた顔、目は落ち込み頬はこけてしまってる。何もかもゴビ砂漠に吸い取られちゃったみたい。。こりゃアカン!あのハンサムでカッコいいGちゃん、どこにもなし。
ウランウデ、今回で訪問4回目になるこの美しい町 昨日稼いだ一日をここで使うことにしました。やっぱりロシアは全然いい!ゆっくり休養です。すっきり、さっぱりしなくっちゃ。
朝もゆっくり眠って、散髪に行って、銀行に行って、買い物に行って、ついでに町も散策して。。。地方都市のウランウデ、みんな純朴で親切。カメラを向けてもみんな笑顔。零下20度と寒いのにポーズまで取ってくれる人も。男女、年齢にこだわらず撮影、やっぱりモンゴルと違って「絵」になる顔をしてる。なにがどう違うのか。。言葉の通じる通じないとはまた違う何か。。
そうそう、すっかり忘れてたロシア語、教科書のレッスン3くらいまで思い出してきました。帰るまでに10までいけるのでしょうか。。。散髪?ホテルにある理髪店で。全部ロシア語で、でけた!!すっきりスポーツカット。値段?300ルーブル。660円!!日本ではGちゃん3990円!佐々木理髪店、オマエんとこ、高いぞ!
ウランウデ。けったいな名前。由来を聞いた。「赤い門」というモンゴル語らしい。ソビエット時代にモンゴル共産化のためのゲートの町として命名されたそうです。だから地名としてはたかだか100年くらいのことか。あのバイカル湖も近く美しい町です。
これ誰~?? 上の写真と どえらい落差があるなぁ~!
お口直しに本日特別おまけ。
本日撮影した写真総数は400枚近く。カメラが凍ったらホテルへ帰って暖め、また出かけ。良い写真いっぱい撮れました。驚くのは向こうから写真を写してくれというご要望。大型カメラを持ってる人なぞ見かけたことなくGちゃんがなにかプロにでも見えるらしい。明らかにGちゃんはガイジンの風情、それがまた好奇心や安心感を呼ぶのでしょうか。
いやいや、後が大変です、写したのを送ってやらなければいけない。。。日も落ちてもう撮影も止め、とホテルに帰ってきたら。同じホテルで、また、結婚披露宴。規模大きく100人くらいか。またまたカメラマンのGちゃん。幸せそうな新郎新婦、結婚式の顔はみんながハピーでこちらまでハピー。一次会なのかな、お開きになって新郎新婦、二人揃ってアツアツしながらうれしそうに自分たちの部屋へ。おいおい、やめてえや~~~!!そこはGちゃんの部屋の隣じゃねいか!連日運転重労働くたくたのGちゃん、隣室では暴れないでください、今夜だけは。
ちなみにホテルは4☆ バイカルプラザというホテル、日本と一緒だね、一流ホテルで式をする人が多いんだね。すんません、年金生活者がそんな高級ホテルに泊まって。一泊、ちょっと値は張って!!、セミスイート9000円。Gちゃん、帰るの止めて もうここに住もうかな。。ロシア最高!
2014年2月13日木曜日
モンゴルさようなら
今回の冒険旅行の最深部からのUターン、帰国への長い長い道のりのスタート。ゆっくりのんびり、今日はモンゴル側の国境の町で泊まるつもりでしたが 日も早い、ロシアに入国してしまうことにしました。ウランウデの町までウランバートルから600㌔ 10時間のドライブ。2日間の予定がこれで一日浮いてきました。
ロシアの再入国はすんなり。1週間前にトラブルに遭っただけにヤレヤレです。。何てキザなGちゃんって聞こえると思うのですが。。やっと緊張しなくて済むロシアに、帰って来た感じ、もうヤレヤレという思いでいっぱいです。もうここなら何とかなる。中南米を旅して米国に入った時の感覚に似ています。ロシア側の入管、可愛い担当の女の子、Gちゃんに質問「モンゴルどうだった?」。。返事に困ってGちゃん 肩をすくめてたんですが、、「最悪だったでしょ?!」。向うが答えを言ってくれました、ホントにイヤね!と言わんばかりの顔をしかめながら。。意を得たりとばかりに二人で大笑い。やっぱりアンタもそうか。
モンゴルの感想は人により様々だと思いますが、Gちゃんのように車を使った旅行者には印象は特に厳しくなると思います。ほとんどゼロ点。人々は車を運転する以前の問題があるように思います。。。大渋滞の大きな都心の交差点。4列も5列にも車が並んでひしめき合って。その交差点の右端のレーンの先頭に並んでた車が、なんと!青信号で交差点を強引に「左折」。「右折」じゃありません!その1台のために直進する車は全てストップ、大混乱。ますます道は渋滞。みんなルール順守は自分の都合次第。もちろん夜も昼も一日中クラクションの騒音。
車が急激に普及したとか、道路インフラが追い付いてないという実情もあろうと思いますが、Gちゃんには発展途上国特有の事情だけではないように映ります。貧しくても心の豊かな国は他にいくらでもあります。素晴らしい自然の景色と無尽蔵の地下資源、でも結局最後の財産は普通の一般の国民の生き方やモノの考え方。
かってヨーロッパまで覇権、栄華を極めた歴史上最大の帝国、大モンゴル帝国。ホントに本当?人々の自覚や誇りはどこへいったのでしょう。壮大な歴史の重みや人々の心に受け継がれているはずのDNAの片鱗でも垣間見たかった。それを得られなかったらGちゃんの冒険旅行は単なるツアー観光旅行と一緒。ゴビ砂漠に行ったことがあるというだけの 単なる自己満足に終わってしまいそうな旅が残念でなりません。
「譲る」という言葉が無いのでしょう。。「我さき」は中国だけの専売特許と思ってたけれど、ここモンゴルも似たもの。車に限らず「どうぞ」「ありがとう」「すみません」という行動様式や言葉は社会生活では当たり前のことと思うのですがね。心の余裕の差。それが人々やその国の豊かさというものではないかと思います。Gちゃんがあれほど何回も通った中国と一緒、恐らくこの国にはもう一度来てみたいという気にはなれないのではないかと思います。
昨年あれほどイラ付いたロシアの道路。慣れとは不思議なものです。モンゴルからロシア側の道を走り始めて。もう天国みたい。行き届いた道路標識。道路案内板。Gちゃんが読めるようになったこともありますが やはり道路に対して掛けているオカネの量が違う。アツと言う間にウランウデに着きました。もう帰国の途、我慢することもない、ホテルで「寿司」喰って!お味噌汁飲んで!熱燗いただいて!ご機嫌なのに。今夜はモンゴルをハッキリとこき下ろしちゃったな。
本日のアップ写真は 道路を横切る羊の群れ。ラクダだったり牛だったり、たえずこういう光景に出くわします。
2014年2月12日水曜日
ウランバートルの休日
ゴビ砂漠よりウランバートルに昨夜遅く戻って 車もGちゃんもドロドロのクタクタ。ゴビ砂漠は今回の冒険旅行の最終目標地点、ここから遠路日本への道を目指すことになるのですが、とてもじゃないが続けてのドライブは可哀そうすぎます。パジェロも人もゆっくり休養、体制を整えなおすことに決めました。
ウランバートルラマダホテルは5☆だそうらしいです。セミスイートが1万円、現地では最高級。快適さの誘惑に負けて宿泊、中身はご機嫌、サービスも満点。昨日深夜に出した、砂でドロドロのズボンや上着は朝までにきれいに洗濯してくれてました。ありがとう。Gちゃんはゆっくりベッド。昼前からやおらホテルのサウナで、日本を出発して以来初めてのお風呂。ドッポリと肩まで浸かって。すっかり綺麗になってマッサージを1時間半。グーグーと寝てしまって気持ち良かったのかどうなのか、分からずじまいのリラックスタイムでした。すっかり元気になりました。
愛妻より大切な愛車パジェロ。もちろん洗車。車内も細かい赤い砂でガラスまで曇っている状態。。窓なんて開けていません、外気マイナス20度では開けることもできませんのでね。。もちろん外の汚れは言うに及ばず。物凄い量の砂漠の砂。ホテルの紹介で近所にある洗車場に持っていきました。シベリアと一緒、大きな体育館のような暖かく暖房した室内で洗います。外では水も即凍ってしまいますので洗車はどこでも室内です。水洗い2回、洗剤洗い2回、すすぎ1回、ワックス仕上げ2回、ふき取り。まぁなんて丁寧でやり過ぎ感のある洗車場、市内でも超高級の洗車場らしくって Gちゃんのボロパジェロは恥ずかしくて縮みあがっていました。(料金800円くらい。安う~!)
おもしろいので作業を横でずっと見ていました。横にモンゴルでは見たこともない珍しいベンツの白いセダン。大して汚れもしてないのに。。観察していますと従業員の取り扱いの態度が何かピリピリしてる。何さまの車?聞いてみますとモンゴルで有名な俳優の車とのこと。モンゴル人なら誰でも知ってるというからさぞかし有名な俳優なのでしょうか。ぬ?どの人?、、見れば待合室のデカいソファーにあぐらをかいて反りくり返っとる。これは面白い!
Gちゃんのパジェロ、過去の冒険旅行の到達地点の地名、年月日はペンキでボデーに書かれています。はじめてアラスカ北極海のデッドホースに行った時、日本からデッドホースに到達した最初の車として驚いた行政担当官がGちゃんに到達証明書を発行してやる、と言ってくれたのです。そんな紙切れなんて要らん、どうせならみんなに自慢できるようボデーに書いてくれ、ついでにアンタのサインもしておいてくれ、そう言って到達証明書を発行してもらったのが最初の経緯なのですが。。。
いいじゃんか!おもしろいじゃんか!ゴビ砂漠横断証明書。そんな全国民が知ってるような有名人発行の証明書なら見た人は吹き出すほどうれしがる!。。。誰も遠慮して近ずけないけどGちゃんには単なる若い兄ちゃん。えらい喜びましてね。。Gちゃんの持ってきた白ペンキのペンで。洗ってピカピカになったパジェロのドァにドえらいデカい字で。やめてくれ、そんなスペースを取ってしまったらこれから後の国々の人の書く場所が無くなるじゃんか!と言うのは後のまつり。従業員も全員面白がって集まって来て日本ならサンマかツルベイあたりなのでしょうか。有名人というのは何であんなクチャクチャのサインをするのか、おかげでGちゃんには名前すら分かりません。スマホで写真を撮って自分のプログに載せるそうです。面白くて痛快なのでしょうサンマ兄さんには。ごくろうはんでした。
明日2月13日早朝、日本への帰路に付きます。ウランバートルを後にしロシアを目指します。地理的最短距離は中国北京経由なのですが、中国政府のバカたれが未だに一切の外国人による車の持ち込み、運転は拒否しています。5日もあれば大連の港に行けるのですが。。時計の9時から始まって12時を回って4時位にあるウラジオストックまでグルリと来た道を半周して戻ります。反面、やれやれこれでロシアに帰れる、という安堵感もあります。決してモンゴルがどうのこうのというつもりはないのですが やはり車で移動している旅人には遥かにロシアの方が安心して走れるように思います。
ロシア語!あかん!!ジェ~ンじぇ~ん忘れてる!!この1週間、英語ばかりの毎日、ツケ刃のロシア語なんて、え~っと、え~っと、こんにちわって、どう言うんだったっけ?!げげげ、大ショック。ノイローゼになるほど毎日毎日必死に頑張ったはずのあの10か月は何だった?!あわてて持ってきた教科書を復唱して勉強してる情けないGちゃんです。
愛読ありがとうございました。これで長い旅も帰路に付くことになりました。安全に元気で家に戻ることが最高のお土産。2月28日夕刻我が家帰宅。日本行の最終フェリーに間に合わせたいと思っています。遠い道のりですが気を引き締め旅路を楽しみたいと願っています。
参りましたゴビ砂漠
よくぞガイドを付けてのゴビ砂漠でした。地の者でも夜は車で砂漠を絶対に走らないという、よそ者にとっては案内なしでは昼間でも走行は不可能でしょう。初めての砂漠走行経験でしたが地図に記載されている道路を走る今までとは全く違う砂漠走行、異次元の経験をしました。大海原を走るようなものです、道路標識はもちろん、目印になる遠くの山や景色もありません。方向が全く分からなくなります。現在時間と太陽の位置だけが頼りの運転になります。
地平線の彼方まで広がる砂漠、車は360度どの方向へでも走れます。今までラクダで通っていた砂漠を 遊牧民が車で走り始めたここわずか10年の間、みんな自分の都合や思惑で勝手気ままな方向にラクダと同じように車を走らせるということになります。例えばオアシスの村から次の目標のオアシスの村までの道でさえ一本ではないのです。オアシスから四方八方に向け車のワダチが広がっており、細い道では車が一台だけ通った形跡、広いのになれば道の幅が左右1キロくらい広く、無数の車が通ってガタガタになった道まで。要するにみんな走りやすい道を自分で勝手に走るという結果になります。知らずに走って間違いに気が付けばとんでもない方向に向かっている、ということです。
それと砂の走行。砂と言っても粉のような粒子。赤いメリケン粉と言うほうが分かりやすいと思います。雪と似ていますがハマり込むと重たくてとても脱出は難しくなります。今日も走行中 運転席側の前輪後輪が深い砂にハマり込み、左側前輪後輪ともに45度ほど宙に浮き そのまま激しいバウンドをしながら危うく横転という事態に遭ってしまいました。助手席のガイドがGちゃんの上に落ちてきたくらいですから横転しなくて済んだのは本当に幸運でした。
随所に雪の吹き溜まりのような細かい砂のデブリ、スピードは出せませんし、さりとて停まれば車は沈み込んで脱出できなくなります。横転したり動かなくなったらそれでおしまい、あちらこちらに放棄され捨てられたままの車の残骸、疲れ果てて死んだのだろうラクダや馬の骸骨、安易に人間が入り込む場所では無いのかもしれません。。♬月の砂漠をラクダに乗った王子さまとお姫さま♪ 幼いころの夢に憧れ、どんな素晴らしい所か、広大なゴビ砂漠の中でも最大と呼ばれている南ゴビ砂漠に挑戦しましたが。。。とんでもない。車を停めて写真を撮る余裕もないほど緊張を強いられる過酷な3日間でした。Gちゃんには砂漠走行なぞとんでもない、もうこれで充分という思い。パジェロもガタガタ、もう二度と砂漠は走らせてくれるなと言っているようです。
ガイドは一日日当50米ドル(5000円くらい)、宿泊、食事代はGちゃん負担。2泊3日の案内に同行してもらいましたが。。。ゴビを初めて走るにはそれしか方法は無い、と思います。モンゴル人でも初めてでは無理です。。。ただ国民的なモノの考え方の違いにガイド採用には理解は要るとは思います。助手席で昼間からビールは飲む、たえまなく彼女と長々と携帯、タバコは吸い放題、いくら言ってもシートベルトはしない、ホテルの部屋の冷蔵庫は飲み放題、、方や必死で運転してるGちゃん、オマエ、ちゃんと道を案内してからそこまでやれよ!って言いたくなることはしばしば。。
ただ現地を知った者でも道を間違うのは さもありなんという実感はします。もともとラクダや羊を放牧している遊牧民しか知らない砂漠、尾瀬や八ヶ岳のガイドを雇うのとは訳が違います。。南ゴビ州の県庁所在地ダランザドカドから首都のあるウランバートルまで、だれが考えても立派な一本道と考えると思います、県庁所在地から首都への道ですから。今日もこの道をウランバートルに向け帰って来ましたが。。そんな幹線道路でさえ もう何回も何回も助手席のガイド君は道をまちがってしまいました。幹線道路でさえそれほど難しいのです。本来は遊牧民だけの土地に 知恵も生活感覚も違う車社会の人間が安易に乗り入れる事すら間違っているのかも知れません。Gちゃんの甘い夢、縦横に広がった車の通った跡形、いろいろ考えさせられることも多くありました。
ウランバートルのホテルに戻ったのは夜も遅い10時半。昨日に続き モノを言うのも疲れ果てたGちゃんです。
2014年2月10日月曜日
ゴビ砂漠
南ゴビ砂漠 向うに見えるのは野生モンゴル馬の群れです
12時間、430㎞砂漠走行。モンゴルでも南の端の南ゴビ砂漠、中国の国境まで200㎞、北京まで800㎞。生まれて初めての本格的な砂漠走行。360度縦横に走れる砂漠、頼りになるのは磁石だけ。地元のガイドを付け走行しましたが それでも道を大きく間違えました。車のわだちが四方八方に入り乱れているからです。すっかり夜中になってホテルに戻って来ましたが とてもじゃないが土地勘のない者では夜間走行は不可能です。写真を撮る余裕なんて全くなし。一日中ハンドルを握りっぱなし、今夜はとりあえず寝かせていただきます。
12時間、430㎞砂漠走行。モンゴルでも南の端の南ゴビ砂漠、中国の国境まで200㎞、北京まで800㎞。生まれて初めての本格的な砂漠走行。360度縦横に走れる砂漠、頼りになるのは磁石だけ。地元のガイドを付け走行しましたが それでも道を大きく間違えました。車のわだちが四方八方に入り乱れているからです。すっかり夜中になってホテルに戻って来ましたが とてもじゃないが土地勘のない者では夜間走行は不可能です。写真を撮る余裕なんて全くなし。一日中ハンドルを握りっぱなし、今夜はとりあえず寝かせていただきます。
2014年2月9日日曜日
ようこそゴビへ!

ウランバートルから南へ600㎞。標高は2000mくらい上がりますが気温もどんどん上がってマイナス10度前後。今まで彼方にあった山並みも見る間に地平線の彼方まで何もなし、モンゴル大平原の始まり。400㌔くらいまでは舗装道路、残りの200キロは地道。この地道がゴビの特徴。いよいよゴビ砂漠に突入。。でもヤクーツクへの道と同じくらい車には厳しい道。猛烈なデコボコと乾燥しきった砂の悪路。見る間にパジェロは砂まみれ。
ここはチンギスハーン生誕、かっての大帝国のど真ん中。その中を四方八方に勝手気ままに伸びている車のわだち。Gちゃんの今まで経験したこともない砂漠走行の始まり。スタック用(砂にうずもれた時の脱出用)にパジェロには密かにスッタクボードは積んで来たけど、とんでもありません、鳥取砂丘のイメージじゃ余りに発想がお粗末すぎます。さすが世界に名だたるゴビ。後半の200キロはクタクタに疲れ果てました。スリップするとか横転の危険はないけれど のんびり走ってたんでは永遠に目的地まで着きません。目印も何もない砂漠走行、夜の走行は方向が全く分からず自殺行為ということ。ギ~ギ~車が悲鳴を上げてもとにかく明るいうちに走らないと。。こんなに酷使してパジェロ、これからロシアを回って1万キロに近い帰路があるというのに。大丈夫かな、夢のゴビを走ってる喜びより 先のパジェロの心配をしているGちゃんでした。
ラクダってホントに居てるんだ!それも放牧してるじゃないですか。乗り物用だけじゃない、毛から皮から肉から乳まで全て放牧生活と密着しているらしい。所々に散見されるゲル(丸いお家)。500年前と何も変わらない生活。感動と言うより何か別の世界を傍観してる感じ。いろんな世界を覗いてきましたがこれほど自給自足の放牧の民をまじかに見るのは初めて。髪は一生洗わない、風呂も一生入ったことが無い、さすがにそういう人は少なくはなって来たけれど今でもそれに近い生活をしているそうです、昨日のホテルでのレクチャー通りでした。
そうか、変な小さい車に乗って、はるばるオマエはゴビまで、よくやるなぁ~。Gちゃんの車を覗きこむ遊牧民の生活力の迫力に圧倒されました。異文化と異文化との出会い、言葉は全く通じませんでしたが 年寄り同士、ハイタッチして別れた後姿がすがすがしいでした。
めったに日本では見られない冬の蜃気楼、逃げ水。気温はマイナス10度とは言え 高曇りの太陽に照らされ道路に蜃気楼。珍しいので必死に撮影。
現在地はウランバートルより南西620キロ、ダランザドガドというオアシスの町。結構大きな町。出来たてのホテル、快適!レストランの羊肉の焼肉、タレと一緒にご飯に掛けて。Gちゃんの大好きなニヤンコごはん。うまい!wifi設備もあってご機嫌。プログをアップし終えて ウイスキー ラッパ飲み。外へ出て見上げる星空、満天。手を伸ばせばつかめそう。ゆっくりと込みあげてきた満足感。涙。思えば遠い遠い道のりでした。
2014年2月8日土曜日
ゆっくり休養
いま日本ではソチオリンピック開催で持ちきりらしいですね。そうですか、ロシアでやっているんですか。ロシアはもちろん、ここモンゴルでもオリンピックの匂いを嗅いだこともない、ひょっとして日本と韓国と中国と、それにNHKだけが言ってるだけじゃないの?!やってるかどうか、怪しいなぁ~。
というわけでプログも開店休業でどうせ客も来ないだろう。Gちゃん一日ホテルで昼寝。写真の整理?掲載?やめて!面倒くさくなってきちゃった。さすがに夕方前に目が覚めてお腹も減って。町の中央にある大きな寺院へブラブラ。
つい先日 旧正月が終わったらしい。外はマイナス10度で随分あたたか。モンゴルはチベットの宗教と兄弟関係?良く似ています。写真撮ったけど、何てことなし、長野の善光寺さんを写したと言っても分からない。遠くに北アルプスの白峰も連なって。
じゃ明日からゴビ砂漠、行ってきます。腕ぐすね、でんぐり返るほどの夕日朝日、がんばって撮って来ますね。ラクダって本当に居てるのかなぁ。
晩御飯。美味しかったなぁ~ラマダホテルのレストラン。注文は「サンマ塩焼き定食」!ご飯とみそ汁とサンマ塩焼き。別に納豆と、メニューには無いけどオシンコを頼んで。ご飯は、「お坊ちゃま なりませぬ!」乳母が怒るかな~半分ずつに分け、味噌汁に入れて、残った半分にはお茶を掛けて。。。冷凍したのをこちらで焼くのか、焼いた冷凍をこちらで解凍するのか、これはイケル、そこいらの「松葉食堂」と殆ど変らない味!感動!故郷を離れて何千里、ここでこの時期にこの味。涙の出るほど感動、見てた賄いの松葉食堂の若い女の子が たどたどしい日本語で「よかったね~!」。いやいやホントに良かったよ!支払20000何とかかんとか。つり銭はみんなあんたにあげる。今までのどんな食事より美味しかったです。
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