2013年1月19日土曜日

ハバロフスク



シベリアの夕日。

夕陽に被さる建物と送電線鉄塔。その向こうの遥か彼方の地平線に沈む太陽。延々と広がる大地の大きさが分かります。











逃げるようにやっとたどり着きましたハバロフスク。林立するホテル群。豪華な造り、快適な設備、ウエイトレスまで流ちょうな英語、横になっても寝れそうな清潔なキングサイズベッドと広いバス。やっぱり都会はいい。

昨夜はけっきょく夜半に車から寝袋を取り出して寝る羽目になりました。あの瀟洒なはずのホテル、寝ようと思ったらベッドの毛布、うちのコロの小屋の毛布より薄汚いペラペラ。それでも我慢して耐えに耐えたのですが凍死には勝てん。おかげで朝の9時半にたたき起こされるまで暖かい寝袋で爆睡できましたけどね。一泊2000円に喜んでたらとんでもないオマケ付きでした。貧乏人の真似をして粋がってたらあきまへんでお坊ちゃま!よく幼少の頃ウバが言ってたよなぁ~。歳を取ってもついつい育ちが出てしまいます。はい。

本日走行550キロ。何が何でもハバロフスクに行くと決めてた。アムール川沿い、一番豪華そうなのを狙ってチェックイン。部屋の家具は全てマホガニー、眺望抜群、清潔で広い部屋、ネットができるできないなんて言う以前、静かで暖か。展望台には日本レストラン。これこそエエとこのお坊ちゃまにはふさわしいお宿じゃおまへんか。3450ルーブル 約1万円弱。
折から素晴らしい夕日。写真教室のメンバーが見たら溜息つくだろう、一回もまだ使ってない撮影機材を思わず開けて部屋から撮影。

一週間ぶり、我が家を出てから初めてのシャワー。美味い刺身に熱燗。仕上げは味噌汁に飯をぶち込んでニャンコごはん、たくわんぼりぼり。究極の日本食。飲み過ぎちゃいましてね、どういうわけかプログアップ、もう何時間も格闘。書いても書いてもアップできずに消えていく。飲んだら書くな、書くなら飲むなということか。

快適ホテル。気分爽快。あすもう一泊するかも。先を急ぐ旅でもないもんね。

2013年1月18日金曜日

横断第一日

とつぜん現れた頼もしいガソリンスタンドで。
いやぁ助かりました。お世話になりました。

あんたロシア語、わたし大阪弁、二人でお互いにようしゃべりましたな。











いよいよ出発の朝を迎えました。これから始まる長い長い横断の旅。道路状況、天候、言葉の問題、、昨夜はベッドに入っても目が冴えてしまって なかなか眠れませんでした。

朝食を終え 真っ暗なホテルの外を眺めながらため息。これから先の不安や恐怖。このまま旅を止めてしまいたいほどの不安なのです。。。生き生きと荷物を積み込んで凍り道を爆走する そんなカッコ良さなんてカケラもありません。。何とかかんとか理由を付けてはノロノロと出発を遅らせて。

外気温はマイナス30度くらいだろうか。エンジンは一発で始動。十二分にアイドリングも完了、車内も暖かい。もう出発を遅らせる理由どこにもなし。大きく深呼吸してガキガキとタイヤ音を立ててるホテルパーキングを恐怖心につぶされそうになってスタート。

9時を回っているというのに真っ暗。ロシアは左側走行ですのでヘッドライトも右に射光方向を変えておかないと対向車に大迷惑。昨日変えておいたヘッドライトをアップにして、恐る恐る中心街に降りて行ったらラッシュのど真ん中。大きな街は入っていくより出る方がはるかにむつかしい。一方通行が多くってUターンもできず 初めて走るロシアの道、どう走ったらウラジオストックから出られるんじゃ!もう半泣き。とほほどころじゃおまへん。

!!!!ビックリしました。気が付けば 昨年できたばかりの あのデカい橋を渡ってる!
サンフランシスコの金門橋と一緒、ウラジオストックを象徴する、昨日だったかの掲載写真に載っている美しい橋、、記念に渡りたいけれど旅人のGちゃんには渡る道も分からず。なんのことはない、気が付いたらその憧れの橋を走ってるやおまへんか!運転しながら写真を撮る余裕はなかったけれど 渡れた偶然の幸運に感動。北を目指すならホントは渡る橋ではないんですがね。

渡り終えたら。これまた突然に!!!!ガソリン残量表示計、ランプ。残距離あと15~20キロ。屋根に積んでる50リットルのタンクは全部空のまま。。日本を出る時には車のガソリンもできるだけ減らすように、過去二回のバンクーバー送りで日本通通の何の根拠もない注文に飼い慣らされて。今回もほとんどガス欠に近い状態での入国。まずガソリンスタンド、そればかり考えてここまで走って来ただけに 赤いランプの表示は恐怖。

走っても走っても原野。歩行者なんて居るわけないし たまに路肩に停まってる車に聞いても英語はちんぷんかんぷん。やっと通じても今度はこちらがロシア語わからない。。。市内で入れなかった、入れられなかった その後悔。時間が掛かっても探すべきだった、後悔先に立たず。ほんと朝から連続して半泣き。これは致命傷になる。済んだから書けるけど。ガソリンがない、そんな当たり前以前の問題で。ドライブに慣れたはずのGちゃんしては大失態。速度は経済速度、下りはNの惰性、ライトも暖房も電気は全て止めて。どこまで続いてるのか分からない広漠と凍りついた大地。延々。

奇跡を見る思い。突然現れたガソリンスタンド。惰性で滑り込んで止まったら、安堵で座席に座ったまま。しばらくドァも開けられなかった。助かりました!!Gちゃんって 付いてる!!

車に35ℓ腹いっぱい、スペァ10ℓ3缶と20ℓ1缶、合計85リットル。結局パジェロには1リットルも残ってなかったことになる。2,700ルーブル、約8000円(ℓ当り@95円)。但しランクは日本でいうスーパー(高精製ガス)、、、一般用はもっと単価は安い。いやぁ助かった!

天使に見えました 頼もしく次々とタンクに満たしてくれるスタンド番の爺さんが。満タンのスペァタンクも全部ルーフに積み終わって、それでも地獄からの脱出に安堵の余韻もさめやらずに、へたり込んでるGちゃん。言葉は通じなくても見てたら態度で分かるみたい。天使が手招き。向こうの小屋へ来いという。オマエも異国で苦労したんやな、ゆっくり休んで行けという感じ。ああ、もうそうさしてもらいます。

ロシア人ってなに~~?!!親切で人懐っこさ。マグカップに熱いコーヒー、冷蔵庫から得体の知れない春巻きか卵焼きみたいなグニョグニュした食い物(あとで知った、ブリヌイというらしい、ロシア版クレープみたいなものか)、自家製だろう巨大なチーズを切り出して。遠慮じゃない、キモ悪いから要らんと言うてるつもりなんですがね、俺が勧める酒が飲めないのかという日本のあの習慣と一緒、飲んで喰わないと礼儀に反するのかなぁ。まぁ食え、食ってから言え、そう言ってるのは爺さんの態度で分かる。爺さんはロシア語、Gちゃんはもう英語も止めてドロドロの大阪弁。それがまたお互いに通じまんのや!あげくイヤイヤ喰わされたグニョグニョのクリープ一片。「なに?!コレうまい!!」「そやろ!言うてるやないか!もっと喰え!!」いやぁ~おいしかった!!爺さんの食べる分のなくなるほど すっかりごちそうになりました。
ホッと一息、狭い小屋で二人でガンガンとタバコを吸いながら、年寄り二人が自分勝手気ままに 相手が聞こうが聞くまいが。いやいや本当にお世話になりました。別れ際、お互いに抱擁しながら。すっかり元気になれました。

再び走り出した国道M60号線。猫にカツオ節。北朝鮮にミサイル。Gちゃんにガソリン。もうこうなったらこっちのもの。モスクワも手に入れたも同然。現金なものです、好きな音楽を聞きながら、びゅんびゅん飛び去っていく景色の輝き。パジェロも快走そのもの。

陽も高いけど3時になったら初日は止めると決めてた。凍てついた真っ白の荒野の中に現れたポプラか、何とか杉かの 高い樹の群生の中、見れば瀟洒なロッジ風の建物。急ストップ、Uターン。出てきたおばさんにスベトラちゃんの書いてくれた文字を指で指し示しながら。部屋?あるよ!一泊700ルーブル!げ?2000円?どんな部屋や?!ネットの出来ないのは気になったけど、GちゃんにはUSBモデムさまが居る、初めて使うけどネットは何とかしてくれはるやろう。あとはベッドさえあればいい。

失敗なのか正解なのか 今も良く分からないホテル。10畳ほどの広さ、セミダブルほどの薄ぺったいマットの敷いたベッドひとつ。一人用ソファが2つに椅子1つ。小机ひとつ。真空管テレビが1台に小さい洗面ボール。一応窓もカーテンもあるし絵画も掛かってる。便所は廊下を隔てた向かい側の共同。風呂シャワーなし。

食堂風の部屋が見えたので晩飯食えるか?とゼスチャーで聞けば食えるという。じゃお願いします。待ってたら6時からのはずが5時から食ってくれというので即了解。サラダ、トマト風スープ、ポテトの上にひき肉いっぱい、それに食パン2枚くらい。見た目めっちゃキモ悪る。ひと口。うん!これはいける!。。。あれほど慣れてるはずの米国、いつも出される量が多くてウンザリ 半分も食べられないことが多いのに、同じくらいの量。うちのコロ顔負け、お皿を洗わなくて済むほど綺麗に完食。受付のおばさんが作ったはずの素人料理。特にスープはお代わりが欲しかった。缶ビールも飲んで支払いはキャッシュ、締めて200ルーブル。げげげ、600円?!笑います安すぎて。木造2階建て。部屋数は20くらいあるのだろうか。Gちゃんが食事終えたとたん おばさん、怖いものが出るみたいに出迎えの車に飛び乗って森の彼方へ。朝ご飯は9時からよ~って言いながら。

え?管理人も居ない、どう見ても宿泊客はGちゃんひとり。ぐえええ~~この真っ暗になった建物のなかで一晩過ごすの?!ひょっとして これって失敗と違うんかな。夜中にギシギシと廊下を亡霊が部屋の外に立ってたりして。よくあるじゃないですか、英国の映画で出てくる、全くあれと一緒のシーン。静まり返ってそれは不気味。部屋でタバコが吸えないので真っ暗、照明もない廊下を歩いて入口のギギギ~って不気味な音を立てるドァ開けながら寒い外でタバコ。鎖でくくられたデカいイヌ一匹、こいつまで不気味な唸り声。こんなのアリかいな?!見知らぬ外国人をひとり建物に残して。明日朝になってGちゃんの首に血を吸った歯型がふたつ、冷たく白~い顔になって。美味くないぜ 年寄の干からびた血なんて。

留めは。部屋の鍵。掛からないのです。締めても外に開いてしまう。二枚あって、内側のは締めても中に開いてしまう。それもゆっくり、気が付いたら開いてる。つまり二枚の部屋のドァは開いたまま、冷たい廊下からヒンヤリした気持ち悪い風が。瀟洒なロッジ風の外観に誘われて入ってきたのに、どうりで車の一台も止まってなかったわけや。女性なんて絶対に一人では泊まれません。外灯もない真っ暗な建物。怖いというより危険。

気分転換。暗い部屋でUSBモデム初使用。これが、にっちもさっちも言うこと聞いてくれなくて。
パソコンに差し込んだら自動でインストールするからそれでおしまい、あとはどこでも自由にネットをお楽しみください。なんてスベトラのガキ ぬかしやがって。。。ピンコードを入れろ。地域コードを入れろ。何を入れろ。。次から次へと難題を吹っかけてくるやおまへんか!言うてるやろ、俺はロシア語なんてじぇんじぇん ハナから分からないし 分かる気もないんやから!

スベトラもスベトラ。ロシアの先生 青山師匠も師匠。こんな役立たずをよくも素人に推薦したな!
3か月使い放題6000円の感動、あれはいったい何やったんや。。。パソコンいじくりまわして。突然ガクンってパジェロがローギァに入ったみたいな変な音。ぬ?なぬ??あわててヤフーのホームページ。開きません。。。とって返して初期画面のGちゃんの自分のプログのショートカットをクリック。のろのろのろ。出てきたのは昨日のホテルの前の意気揚々の写真!繋がってますやおまへんか、ネットさまに!!!そかそか。今までの使ってたネット環境が良かっただけ、電波も弱いのろのろ運転を知らずに 今までの調子でビンビン飛ばしてた自分が悪いだけやった。

とたんに酒!ジャックダニエル たっぷり残ってる。お化けでも幽霊でも誰でも出て来い!一人じゃクチ寂しい、ロシア語はあかんぞ、日本語か英語、ちょっと面白い話でも一緒にしまへんか。人ってちょっとしたことで激変しちゃう、おもしろいね。

そうそう、書き忘れてました。泊まってる場所や名前?知りまへんてか、分かりまへん。ロシア、なんとかせい。道路標識も道案内も何もかも、バカたれが、みんな縄文字だけで表記、おかげでGちゃん 自分の泊まってる場所もわかりません。せめて他の国でみんなやってるように、遠慮気味にでも良いから小さくアルファベットで併記なんて、、淡い期待も初日にぶっ壊されてしまいました。とにかくウラジオストックからM60を北へ256キロの地点。ハバロフスクにはあと400か500キロの場所。。。アメリカやカナダによくあるレッドロックとかウイドーズミルとか、走ってる道端に表示されてる小さな地名表示板。どんな町かな、旦那が死んだんかな~、赤い岩があるんかな~なんて想像しながら走るのもまた一人旅には楽しいもの。ここロシア。とほほ、あれは相当な覚悟で挑まないと読めません縄文字は。ウラジオはなんとか。ハバロフスクХабаровскなんてGちゃんからすれば中東の粘土板に書かれた文字と一緒。不勉強な自分を呪うより こんな表示だけのロシア政府を呪います。

写真?かんにんしておくれやす。ごっそり持ち込んだ撮影機材。まだ開ける気にもなれまへん。どうでも良い写真用にとダッシュボードにパナのルミックス置いてあるだけ。。写真教室の藤本先生、私みたいな素人の生徒にいつも親切に、はいはい、一応は言わはるまま「P」で、RAWも一緒に。下手は先生の現像でなんとかまたあとで頼みます。

ほんじゃみなさまありがとうございました。何とかかんとか走れたシベリア第一目。血を吸われてプログもこれで終わりということがなかったら、また明日。それにしても不気味なほどのこの静けさはなになんじゃ!

酒が回って実に爽快な気分。よくぞ男に生まれてきたもんや。。。。というのは今日の立ち寄った何でも屋みたいな店の屋外トイレでオシッコ。つくずく。。。あの山盛りはガチガチに凍ってるから臭いはしませんのやがね。行くに行けない、遥か遠くから飛ばしながら、、よくぞ男に生まれてきたもんや。小学校3年の時に中学生のケンちゃんにも負けんかった。飛ばしっこはGちゃんの特技。
あははは、びろうな締めでごめんちゃい。

2013年1月17日木曜日

パジェロ ゲット!!

LINKS LTDのユーリー、スベトラーナと一緒に。

車両受け入れ一切合財実務のロシア側担当。
旅行相談、保険、ネット、その他も何でも解決OK。まる3日間、すっかりおせわになりました。

お礼は1万円弱。英語もお見事。値打ちあり。
連絡先も全部わかってます。
ご希望の折はお知らせを。推薦できます。





どうせ役人仕事、下手したら来週になるかも知れないパジェロの受け取り。のんびりベッドで寝てたら朝の10時にけたたましい電話。今から税関へ車両受け取りに行くという。

はいはい、来いと言うなら行きますけどね。のろまなロシア熊、役人がそんなクイックレスポンスするはずもなし。出迎えの助手のスベトラーナさんという女性の車に乗って税関へ。行ったところで結局はどうせ何かの書類にサインするだけで帰ってくるんじゃおまへんのかい。私なんて車を目の前にして神戸税関では3か月も待たされた。鼻から役人のすることなんて信じてまへん。 

いやぁ失礼しましたロシア税関。神さま仏さまロシア税関さま。ジョークじゃありません、マジ!!書類に2~3 サインしただけでパジェロの所へ。ハイ、これアナタの車のキー、どうぞ安全運転で!
うそ~!でんぐり返ってもっと驚いたのは車内の荷物。どうせどこかで誰かが積荷の中から目ぼしい物を盗んでるにちがいない。。過去2回の車のバンクーバー船送り、往路も入れたら計4回のパジェロの太平洋航路、毎回ごっそり荷物は盗まれてた。ひどい時にはフロントに吊ってあるマスコット人形まで跡かたもなく。やった犯人は船の船員かカナダか日本の税関官吏。そんなもんと今回も覚悟はしてました。

鳥取境港、フェリーに積み込む時に 誰かが車内を触ったら分かるように荷物の上に無造作に毛布。その毛布の折れ具合まで境港そのまま。ウソや~ん!後部座席の大きなケース2個、中は防寒具や修理工具ぎっしり。中身も触っていないのが良くわかる。
敢えて言えば、運転席の足元、フェリーから税関倉庫まで誰かが運転した時に、靴の裏にタバコの吸殻がくっついていたのでしょう、つぶれた吸殻がひとつだけ。盗難は一切なし!境港で積み込んだそのまんま。我が目を疑う。こういう時に使う言葉なんでしょう。感動。疑っていてごめんなさい。ロシアの役人って凄いじゃんか!

フェリーで来て三日前入国した時の税関でのあの体験。ロシアの役人って末端まで良くわかっとる。実に立派。Gちゃんはこれまで忘れてしまうほど多くの国の出入国をしてきたけれど 少なくともハバロフスクの税関官吏は世界標準以上。感動、感服しました。大したもんです。

入国するときの入国審査。旅行者にしては最初に接するその国の人。いわば訪問した家の玄関。入関審査員の良し悪し、その対応。その国が、経済的に豊かかどうかじゃなく、社会的に(文化的、精神的に)豊かかどうかよく分かります。

応対はバングラデッシュやアジアからの旅行者にどんな口のききかたをしてるのか、それに比べて米国や欧州の「青い目」の旅行者にはどうなのか、海外旅行して日本に帰られた時にはぜひ一度みなさまも日本税関員の外国人への態度言動を観察されたらGちゃんの言ってることが分かると思います。いじめとしか思えない入国審査、仕事熱心とは違うんじゃおまへんか。せめてどの国の入国者にも審査は平等、ようこそ日本へ!にっこり微笑むくらいはね。アンタらも血の流れた人間なんだから。

境港積み込みから丸5日。特にここ連日マイナス20度を下らない寒さ。夜間はもっと冷えただろう。今日も昼間でマイナス21度。冷え切ったバッテリー。掛かるかな?エンジン。。。待ってましたとばかり一発でグエ~~ン!エサが遅れて泣き叫びながらガツガツと食べてる我が家のコロと一緒のうなり声。頼もしいヤツ、これでやっとロシアが走れる。

車を受け取ってからは ロシア横断の師匠、青山さんのプログ通り。
22~3歳くらいじゃないかな、このスペトラーナちゃん。テキパキさはユーリー以上。彼女の車の後ろに付いて走って市内各所。
特筆はネットの生命線、USBモデムの購入。100円ライターくらいの大きさ、パソコンに差し込むだけ。一部ド田舎を除いて全ロシア、これで車内からパソコンネットができるようになりました。ちなみにGちゃんの買ったモデム、3か月使い放題の速度2ギガだったか3ギガだったか、、プリペイド式で足らなくなったら買い増していくなんてGちゃんには面倒くさすぎます、、、定額式というやつか、〆て支払は合計2160ルーブル 約6000円。6万円と違います!

安さに驚くというより 日本のネット接続料のベラボウさに怒りさえ。そんなことしとるからNTTやドコモが儲けてるだけ、電気代しかり。医療費しかり。何も文句を言わない国民から騙し盗ってるだけ。イヤなら使って貰わなくて結構って、ねぇNHKやSONYさん、見てたら分かる、あんたらも平気でそう言うとる。私もバカじゃない、受信料は払う気もないし SONYはタダでも使いませんがね。

準備を何もかも終わって後は出発だけ、ユーリーも含めて招待しました感謝夕食会。街一番のシーフッドレストラン。スベトラちゃんも着飾って。おいしいだけじゃない、この高級店でこの値段!

飲み過ぎたせいだけじゃありません。おカネを払うたびに驚く日本との物価差や経済発展ばかり目指してバブル作りを願ってる日本の末恐ろしさ。今や赤ちゃんも入れて国の借金は国民一人あたり500~800万円。無性にハラが立ってきましてね。どこかおかしい今の日本。安倍のミックス?苔の生えたような右肩上がり経済論を振りかざして。ジャブジャブに湯水のようにオカネを印刷するんだって。世界に誇る強靭な国土作り?Gちゃんの使ってしまった借金を孫のほのちゃんや子孫が返済して なんでそれが美しい国と呼べますのや。

夕方7時というのに真っ赤な夕日。今ごろ日本は5時だから夕闇のなか。お気の毒だけど その代りこちらは朝の9時でも真っ黒け。時差っておもしろいね。。。海に沈む真っ赤な夕日。いや~今夜は爽快な酔い気分!なにもかも素晴らしい印象のロシア。酔った分、ちょっと日本の愚痴ばかり出ちゃったけどね。

みなさまありがとうございました。明日18日朝に出発します。いよいよシベリア横断の旅です。
。。。心配ご無用!スベトラちゃんにちゃんとノートにロシア語で書いてもらいました。「近くにホテルはありますか?」「一泊したいのですが部屋はありますか?」「レストランはどこにありますか?」
ロシア語でどう発音するのか知らんけど これを指で示せば死ぬことはない。

それにね。酔っぱらいの文句ついでに。勝手で申し訳ないとは思ってるんですがね。ごめんね。
「がんばれ頑張れ!」「無事完走を祈る!」という励まし。あれって めっちゃ負担。
そもそもこんなの冒険でも何でもないタダの年寄りのお遊び。遊びに無理をするのは若い頃の火遊びだけのこと。ついうっかりヤケドしたこともあったけどね。
「死ね死ね」って追い打ちを掛けられてるみたいな「がんばれ頑張れ」。ごめんなさい。くれぐれも やめてください。本質的には 岸壁からサビキ釣りしてる釣り好きと全く同じのつもりです。

さぁ今夜もホノちゃんとSKYPE。「爺ちゃん、どうしてお口をずっとお手てで押さえて しゃべってるの?」って昨夜は言われちゃった。あなたもお婆さんになったら分かる時が来る、だれでも寝る前には外して お顔は家族にも見られたくないようになるのです。とほほ。

追記 そうかあれから18年にもなるのですか。今頃は六甲山の谷へ家族の為に水汲みに行ってたなぁ。。。神戸の街なんて火の海だった。雨の焼け跡にしゃがみこんで泣いてる老人の姿を思い出します。亡くなられた人、人生の大きく変わってしまわれた方、心から喪心お悔やみ申し上げます。

2013年1月16日水曜日

ウラジオストック その2

シベリア鉄道 東の起点ウラジオストック駅と
レーニン像。ここからモスクワまで列車に乗って横断するんだね。4,5日くらいかかるのかなぁ~。

駅の向こうに見える海に掛かる長い橋は昨年開催のAPECに合わせて出来たばかり、、、国をあげて極東に力の入れてるのがわかる活気ある街。仕事なんていくらでもあるらしい。あなたも おひとついかが?!


やたら寒いはずです Gちゃんの着てるもの。鳥取の境港を出た時そのままの格好。つまり我が家を出発した時の格好そのまま。防寒具や着替えはみんな車の中。そこまで先は読めんかった。とほほ。

車を手に入れる。初めて日本から車を持ち込んだ人、ロシア語もろくに分からず大変な苦労をしたと思います。人さまの歩いた足跡をたどるのは楽ちん。ホテルで寝て待っていれば良いだけ。どういう流れでパジェロが手に入るのか分かってる。まぁどうせ役人天国ロシア税関。ゆっくり寝て待つしかないか。

「ロシアから境港にお帰りになったその時は フェリーが着いて1時間後にはお家へ車で帰っていただけます」。境港の上組赤嶺さん。鼻くその一つでもロシア税関に送ってあげたら?!
本日夕方5時 車両一時輸入申請書とやらを税関へ申請。なにもわざとこちらが遅れて提出してるんじゃない。朝から一日待たされて税関さまからのご指示時刻にお伺いしただけ。
これでなんとか明日の夕方には なんて甘いけど 上手くいけばパジェロの中の防寒具にご対面くらいはできるかも。

おいユーリーよ。かくかくしかじか。上組のやってるシステムを説明して。あんたそのビジネス、ここでやったら一儲け、グッドニュースと思わんかい?!
やつ、鼻先でバカにして笑いやがった。それがでけたら苦労しまっかいな!私もアホと違いまっせ。

本日は税関からの気まぐれ電話を待っただけの一日。寒いけど 何か間に合わせの防寒具 買いに街へ。両替の銀行はすぐに発見。BANK、じゃないけど何か良く似たスペル。直勘。当座の一か月分くらいのルーブル ゲット。英語通じず全て身振り手振り。

税関で盗まれるのがイヤだから 一切ホテルに運び込んでる写真関係機材。写真撮影いっちょやったろか!っていう気になれないんですな。ナショのバカちょんポケットに街へ。見てる間にバッテリーパワー低下。ろくな写真も撮れませんでした。ついでに全ロシアのロードマップも購入。たかが地図帳一冊。散髪屋か食堂か見別けも付かない縄文字看板の中、分かりまっか その苦労!?英語は絶望的に通じない。ああ しんどかった。。。いったいワシはこんな苦労して。何のためにやってるんやろ。

気疲れと寒さと先の不安。夕食後今夜も一杯飲みながら留守宅にIP電話。
「電話をしにロシアに行ったはりまんのか?毎日毎晩。」「ほのちゃんには電話はしない方が良いよ、『爺ちゃん寂しくて毎日 掛けてきたこともない電話をロシアからしてくるの』って保育園中に言いふらすから」。あげくに「わたし お風呂に入られへんやおまへんか!」
ワシは何や?!覚えとれ。腹を抱えて笑い転げてる愚妻めが。男のソーダイなロマンが女に分かってたまるかい。

2013年1月15日火曜日

ウラジオストック!


ウラジオストックって不凍港。ロシア帝国海軍の極東基地のあった所じゃねえの?!見たら海、全面に凍ってるじゃん。南極じゃあるまいに。

こんな寒い所。GちゃんこのままフェリーでUターン、帰りたいよ~。







やっと着きましたウラジオストック。日本の境港からは韓国の人ばっかりだったのが 途中で寄った韓国の東海からウラジオストックへの便は 乗客ほとんど全員ロシア人。
その風采どう見てもツーリストじゃない。聞けば韓国への出稼ぎという。まさか韓国中のロシア人が
一同に集まったわけでもあるまい、どうみても2~300人のロシア乗客。クリスマスや正月休暇はとっくに過ぎ去ってるしね。ふだんでもそうらしい、グエ~!韓国てそんなに外国人労働者を受け入れてるんだ?!  これもTPPがらみ??  (後記;韓国はTPP不参加)

東海からのフェリー乗り場はロシア一色。案内もアナウンスも。14日月曜日小春日和の東海を2時かっきり出航。船内放送 ぐだぐだとさえずってるけど命には別条ないだろう。明日の朝10時まで18時間の船旅。しっかり食って飲んで寝てたらウラジオに着いている。ウイスキー2杯キュ~ッ。こてん、俺は寝る。

どっこい。夜半何時頃か、ものすごい船の揺れ。横揺れというよりピッチング。ド~ンド~ンと当たる波が不気味に船内を響き渡ってる。寝てるベッドの体がゴロリゴロリ。ぐえええ、これがあの冬の日本海の荒波?!まるで阪神大震災みたいな地響き。
Gちゃんの二等客室はCデッキと言って船の最下部、窓もなし。つまり何かあったらタイタニックの三等客室の乗客と同じ運命。心配してデッキを見に行ったら!こんなの外へ出たら流されちゃう。打ち寄せた波がデッキの上を濁流のように流れてるじゃありませんか。あかん。この船、沈むでこれは!

乗客のだれも知らないだろうけど実はこの船は。何年前かバブルの昔に鹿児島と種子島を往復してた中古フェリー。採算悪くなって赤字の船を韓国の船会社に買っていただきました。境港の岸壁や施設や設備は鳥取県が丸抱え、やっとできた国際フェリーでありやんす。Gちゃんのパジェロじゃあるまいが 中古の不気味さは見たらわかる、北海道へ行くフェリーとは月とスッポン。

まぁそんなことどうでもいいけどね。台風みたいな北風に向かって必死に突き進んでる感じ。まるで暴風雨。ギシギシギシギシ船は今にも沈没しそう、先日お正月のパジェロとそっくりじゃありませんか。エンジンをいくら吹かせてもからきし前に進んでません。

もっとも 船なんてどうでもいいけど。オイ、Gちゃんのパジェロしっかり甲板にくくりつけてくれはったやろな?!すんまへん、昨夜の波で海にお宅のパジェロ落としてしまいましたんや。なんて許さんぞ。

ウラジオストック到着は8時間遅れの15日午後18時。波も収まって船が北上するにつけ気温はどんどん寒くなって。。。デッキの手すりに氷のかたまり。乗客は何もすることもなく。それにしてもロシア人はタバコよく吸うなぁ。喫煙は船内のバーか船外のデッキ。寒いからみんなバー。5~60人は入れそうなバー、どいつもこいつも指にタバコ。べつに迷惑じゃありませんがね。Gちゃんだって16の時からの喫煙家。まあそれにしてもみんな吸いすぎ。カラダにええことおませんで。。。煙にまみれながらGちゃんもパソコンでブログ書き。

暇つぶし。持ってきたガーミンナビで見たらウラジオストックまであと30キロ。船足は時速30キロ。かっきり1時間後の到着か。。。結局予定18時間の運航が26時間。どういうわけか下船はロシア人から先。 待ちに待たされけっきょくGちゃんが船から降りた最後の乗客。。。よっぽど疲れ果てた顔してたのかなぁ。税関の女性が駆け寄って来て重いGちゃんの荷物を持ってくれて入国審査の行列の一番前へ。覚えたてのスパシーバありがとうを連発。うんうん、歳を取ってきたらこの手はあるなぁ、あわれな疲れた爺さん臭い格好をすればいい!さっそく勉強!!
入管も人懐っこい笑顔、ほぼフリーパス、うえるかむ つぅ ろしあ!スタンプポン!1分。はや~!あの商用ビザや招待状というのは何やってん?!

ロシア受け入れはLINKS,LTDという旅行社。車やバイクによる世界中のツーリストのウラジオ受け入れを専門にしてる会社。と言ってもユーリーさんというおっちゃんがやってるだけだけどね。
長いこと待たされはりましたやろ兄さん、すんまへんでしたな。。。打ち合わせ通り入管を出た所で出迎えを受けて、その仕事っぷり。境港の上組の赤嶺さんと良い勝負。流ちょうな英語、適格な言葉。パジェロ受け入れや保険や各種手続き、今後の段取り、てきぱき説明して 予約入れてくれてたホテルへ乗せてもらって。ほんじゃ明日10時に電話します ハイおやすみなさい。ちょうど夜の9時になってました。

ああしんどかった。。。到着のフェリーターミナルなんて両替も見つからなかった。ルーブル一銭もなし。支払はカード。3泊分でホテル7800ルーブル、閉まる直前のホテルのレストランの支払いが1288ルーブル。これなんぼのもんやねん?!誰か教えてちょうだい簡単な換算方法。

小さいながらもシングルが2つ、シャワーとトイレが付いて。Gちゃんにはこれで十二分。なにはともあれ部屋でネットの出来るのが気分よし!このご時世、これって当たり前なんだけどね。。。思い出すのは糞たれ大阪ヒルトンホテル。Gちゃんはヒルトンのプラチナカードホルダー。一元さんでもないそんなお得意さんからも 一泊2000円のネット接続料を別途取るのですあのバカたれホテルは。殿さま商売。イヤなら使うなということらしい。いつかは潰れるそんな会社、必ず。

やりやり。やっと自分の時間を取り戻しました。ガチガチの道路と寒さ。行く先々を考えるとゾ~っとするけど。まぁ今夜はノータックスで買ったウイスキー。キュ~って飲んでとにかく寝ます。おやすみなさい。

追記:ここウラジオストック。時間は日本より2時間早い。日本12時の時はこちら2時。
考えてちょうだい、日本より早い時間を使ってる国は太平洋のパラオか何か知らんけど、日本より東にある国の一部だけ。。。ふしぎ~~!!ロシア、そんなことしてるから国内に9つも時間帯を作らなあかんようになったんと違うんかなぁ。わたし端から端まで走るつもり、もうちょっと楽にしまへんか。ややこし過ぎまっせ。

2013年1月14日月曜日

写真添付


ぐえ~~写真をアップでけたぁ~~!!

救助隊のヘリが飛んできたみたい、あっちからもこっちからも。プログに書いたらとたんにうれしい情報殺到。遠いこんな韓国の田舎町まで。感謝感謝。

孫のホノちゃんの書いた絵をスキャン、プログアップでけるかどうか本日テスト添付。
ぐわ~爺ちゃんシベリア行くの~~?!驚いてるホノちゃん。シベリアって どこにあるのかも知らずにね。

HTMLとやら言う形式でアップしたのですが
画像の位置を変えるとか 大きさを変えるとか そんな難解なことはGちゃんにはとてもできません。でもアップできただけでもうれしい。これからのプログ、読みにくいかもしれませんが みなさん よろしくね。ありがとうございました。
ふう~~。

2013年1月13日日曜日

疲れたぁ~~

あわてふためいて我が家を出発して何をどうしたのか。ベルトコンベアに乗ったみたい、忙しい出発の第一日目でした。気が付いたら韓国の東海岸、東海donghaeという港町にあるホテルのベッドの上で大の字。なぜロシアに行くのにわざわざ韓国に一泊しなければいけないのか 良くわかりません。いずれにしてもようやく 時間に支配されてたGちゃんの環境逆転、やっと自分の時間がやってきました。

海外旅行に飛行機で外国に行かれた人は多いだろうけど、さすがに船による出国はGちゃんには初めての経験。さんざん脅かされた冬の日本海の船酔いなんてウソ言うでない。それに。予約満席ということで取れなかった個室、回された8人カイコ棚ベッドの2等船室、じえんじえん問題なしの快適そのもの。部屋にはGちゃん一人しか居なかった。どうなってんだろうDBSフェリー。バーでビールでも飲んで船酔いどころか酒酔い、ぐっすり眠ってる間にアッと言う間に東海に着いて下船させられちゃいました。今日は日曜の朝、明日の昼2時の出航まで時間つぶしです。もう何年ぶりかの韓国、焼肉かビビンバでも食べに行くか!

出発当日の朝まですったもんだしたパジェロ。自宅から境港までの走行は快調そのもの。
あんなボロ車にコンピューター制御をしてたなんて驚き。なにせ10年以上も前の製造なのにね。
ガソリンの噴射とかトルコンの制御とかをしてるらしいけど、、、今の時代の車ならどうなっちゃうんだろう、不良の原因を調べるなんて神業みたいでないと分からないんじゃないかな。えらい時代です。

軽快なエンジン音は、車の好きな人なら分かるだろうけど、いいね。真っ白な大山を見ながらの境港。約束通りDBSフェリー乗り場で車の検疫や積み込み。上組の赤嶺さんが万事てきぱき、指示通りにGちゃんが車をフェリーに積み込んで降りてきたら「はい私の仕事はこれでおわり。良い旅を!」。。。。いやはや車の一時輸出がこれだけ楽だとホント助かります。

ロシアからの帰路、またこの境港に帰ってくるけど 船が10時に到着して1時間後、11時には車でお家へ走ってもらえます!とのこと。日本通運さんこんなこと聞いたら失神するんじゃないかな。
2007年の北極海の旅の帰り、バンクーバーから神戸に送ったパジェロ、日本に着いてから手に入ったのは3か月後。税関も生まれて初めて。日通も会社始まって以来。もう二度と取扱いさせないでくださいとおっしゃる前に、オマエらここの境港のこともっと勉強せい!と言いたくもなります。神戸埠頭に雨ざらし、3か月分の駐車料金を請求する税関の無神経さ いやはや「前例がない」というのは無能な官吏には地獄の響きでもするのでしょうか。分からんかったらオレに聞け!!

「自動車一時輸出入申告書」にデッカイ赤の「許可」のスタンプを押したのを頂いて、、いえいえ、実に紳士的でしたよ境税関支署のスタッフの皆さんは。。。気分よくGちゃんはフェリーの待合室へ。
韓国の旅行者がこのフェリーを利用してお国へ帰るらしい、ごったがえすほどいっぱいの人。
日本人か韓国人かなんて見別けもつかない雑踏の中に、、ぬぬぬぬ??はた迷惑も考えずにひときわデッカイ大声でしゃべってる老人一群。やだなぁ年寄りは。。。げげげ。ひょっとしてオマエら高校時代の同窓生?!何をしに来てるんじゃこんな所へ。

やめてくれよ。ガラの悪いのが6人も。お前らよっぽど暇か家に居れない事情でもあるんかい。朝に大阪を出てGちゃんを見送ったらまた大阪へ日帰りするらしい。かないませんこんな友人って。土産はキャビアひとり一個ずつ、帰りの歓迎会は皆生温泉豪華一泊酒付きのGちゃん主催。勝手に決めて。多数決だと笑ってやがる。だれが教えるもんか帰りのフェリー日なんて。 
友達は選べって親がよく言ってた。この歳になって思い出す。大きな同志社の校旗を広げて記念写真。みんなで魚河岸へ繰り出して美味い酒と魚。はた迷惑な酔っ払い年寄り集団。どいつもこいつもカッコ悪くってダサいけど、いやぁ~、迷惑で涙が流れてしまいました。

申し訳ありません。写真の掲載がどういうわけかできません。ビックリするよな写真を次々と、なんて思ってたのに。ここ2,3回まえの投稿から。治らなかったら致命傷。あれやこれやいじくってるけど、むつかしいねプログって。
どうせ糞田舎の東海。ホテルから出てもろくなものなさそう。明日昼の出発までしっかりパソコンと格闘してみます。